ドトウのイラスト描こうとしたら、天皇賞・秋で固まってしまった。【ウマ娘】【Uma Musume】

メイショウドトウ・テイエムオペラオー・アグネスデジタルゲーム(game play)
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メイショウドトウ・テイエムオペラオー・アグネスデジタル

自分がプレイしてる中でウマ娘でお気に入りのイチバであるメイショウドトウ。

所持していないので、育成ストーリーなど全くというほど知らないし、他人のデータでそれは知りたいと思わない。だから、当たるまで楽しみは取っておいている。

のんびりとした娘で、テイエムオペラオーは所属しているので彼女の育成ストーリーで間接的にウマとなりがなんとなくわかり、おっとりとして勝負事も消極的なドトウもやはりウマ娘であり、本番となると負けたくない気持ち、闘争心が高い。

メイショウドトウとは

1999年1月に京都競馬の「4歳新馬戦」がメイクデビュー、その時は二着だった。

次の4歳新馬戦にて1着を獲得、かいどう賞、嵯峨野特別、ドンカスターS、中京記念、メトロポリタンS、金鯱賞、オールカマー、日経賞、宝塚記念(初GⅠ)と一着を取っている。

着順など見ても、長距離に秀でていて粘り強い走りと根性が見受けられる。(リアルタイムで見たことないので、モニター越しでしかわからない)

テイエムと競いあったライバルのような扱いだが、ウマ娘で取り上げられるまでどちらかというと競馬ファンにはよく知られた子という感じで、データも少なめ。

現在2021(25歳)で新冠(にいかっぷ)町のノーザンレイクでタイキシャトルと、静かに暮らしている。

Twitterのヘッダーにメイショウドトウでも描こうかなと描いたが、右あたりの空きがめちゃくちゃ気になり出し、描かなくても良いのに「オペラオー」をはんば穴埋めのような形で描いていった。

ウマ娘だとエレガントな立ち振る舞いで、ちょっとしたことでは揺るがない精神。

ちびまる子ちゃんの「花輪くん」みたいなキザな風貌だが、中身はかなりの紳士的でありどのようなウマ娘であっても同格のライバルであると、見下した発言はほぼ無い。

ナルシスト気味で自分は一番だという信念こそあるが、周りの子達の評判も特に悪い印象もない。その清々しい性格で他者を嫌味なく称える姿は、王者の風格を現したものだろう。

演じる部分では、フジキセキとかぶっている部分があるがきちんと「舞台」違うので差別化はされている。

イロモノ勢揃いの中でも、上位に映るテイエムだが競馬界ではシンボリルドルフのように覇者として名が連なっているほどの実力者。

ライバルテイエムオペラオー

1998年8月の3歳新馬戦でメイクデビュー。一番人気を推されるも二着と敗北の上に骨折して休養と初戦から苦しい状況だった。

その翌年の4歳未勝利戦にて一着、ゆきやなぎ賞、毎日杯、皐月賞(GⅠ)で勝利を収める。

回復してドトウの快進撃かと思いきや、2000年までは勝利することができなかった。

(それでも2着・3着と上位に来ている。最終的に5着で引退するがそれ以下負けたことがないのも凄さが現れている)

2000年京都記念、阪神大賞典、天皇賞(春)、宝塚記念、京都大賞典、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念と総なめするように1位を獲得。テイエムにかければ間違いないような雰囲気にも感じられるほど、強者感が漂い。それに齧り付くように名前が連なるのがメイショウドトウだ。

翌年の大阪杯にてつま付き、今まで取ったことがなかった4位を得るが、再び天皇賞(春)にて挽回する。このまま、宝塚記念も再び制覇すると思いきや、今まで噛み付いてきたメイショウドトウに開け渡すことになる。このレースにはエアシャカール(5着)も参戦しているので、ウマ娘の育成イベントにて絡みが期待できる。

(この試合、徹底マークの上にオペラオーを囲んだ状態で抜け出せなかったようで、そんな状態でも2位を獲得しているので「もし囲まれていないなら」と考えるとドトウはどうなっていたか。わからない。)

負けこそしてしまったが、次の京都大賞典にて再び返上。ここで返り咲くのかと期待されていたが、アグネスデジタル、ジャングルポケット、マンハッタンカフェに負けてしまい引退。

ドトウに比べるとエピソードの豊富さは段違いだが、色々な人からライバルと認識され波乱の激闘をして行った仲なのでウマ娘化する際に、両者とも名前が出なければならない宿命みたいなものを感じる。

アドマイヤベガや、アグネスデジタル、エアシャカールとストーリーモードでどんな絡みをするか、今後に期待です。

伏兵アグネスデジタル

アメリカのクラフティプロスペクターという名馬と、数々の実績馬を産んだチャンシースクウォーの子供として生を受ける。

セリ市で購入されたわけじゃなく直接交渉の末に2800万円で買ってきたらしく、馬主が直々に見定めて決めたのだが、小柄かつ細身で目立たない子という印象を周囲に与えていた。

この生い立ちがウマ娘化する時にも如実に出ており、性格も素直で大人しいと「オタク気質」が発動してない場合至って普通の子だ。

1999年9月に阪神競馬「3歳新馬戦」にてメイクデビューするが二着。その一ヶ月後の同レースにて1位を取ってさらなる舞台へ上がる。

東京レース「3歳(賞金額)500万以下」、全日本3歳駿馬(GⅡ)、名古屋駿馬(GⅢ)、ユニコーンS(GⅢ)と一位獲得、マイルCSにて初GⅠ勝利をした。

2001年日本テレビ盃(GⅢ)後、マイルCS南部杯、天皇賞(秋)、香港C、フェブラリーSとGⅠレースを勝ち進んでいく。JRA賞にて最優秀4歳以牡馬に選出され、ジャングルポケットが選出されが次点として名が上がっている。

海外へと進出するが振るわず敗退、しばし休養に入る。

2003年にて交流重賞・名古屋のかきつばた記念に出走したが4着と重かった。

しかし、同年6月の大敗を喫した安田記念にて勝利を収め、シンボリルドルフ、テイエムオペラオーに次ぐGⅠ勝利数となり、史上四頭目の四年連続GⅠ勝利という記録を出した。

かつてのオペラオーを制したデジタルだが、この安田記念を最後に次の宝塚記念や勝利したマイルCS南部杯など勝つことができなかった。最後のレースには新しい風のシンボリクリスエスに譲ることになる。

ウマ娘にてオタクキャラでかなりのキワモノ枠として描かれているデジタルだが、レースから鑑みてもドラマ性が強く尚且つシリアスな雰囲気にしたてあげれるような素材が山のようにある。育成シナリオではなく、ストーリーモードに起用された際には思いの外「ライスシャワー」以上に苦しいものが見られるかもしれない。

アグネスタキオンとの関係

同じアグネスがつくので、両者の関係はというと同じ馬主繋がり。

渡辺孝男氏が歌手の「アグネス・チャン」のファンであり冠名に使われている。

ウマ娘だけ見るとタキオン(1998年生まれ、2000年12月メイクデビュー)が年長者のような振る舞いだが、年齢順で見るとデジタル(1997年生まれ1999年9月メイクデビュー)が年上先輩。

気分的にはめちゃくちゃ敬語使って欲しいところだが、タキオンはゴルシ並みに自由奔放なのであのままなのだろう。

馬の世界で先輩後輩ってめんどくさいから、あんまし考えない方がいいかも。

というわけで、ラプスで撮ったものをYoutubeで上げてみました。ある意味証明として、動画にしています。

Twitterのヘッダーに設定したので、見かけたら軽く見てあげてください。

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